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豪国&日本、、、乗馬に魅了されている理由

近年、完全に[乗馬]というスポーツと馬にはまっている。

元来、わが身は、スキな事を見つけたら、それが仕事(例:CQLA起業&
経営)であれ、学業(例:豪国での社会人大学院3回目)であれ、スポー
ツ(例:ゴルフはゼロから2年でAグレード達成)であれ、とにかく上を目
指して、突き進まないと気がすまない性格なのである。

よって「適当に楽しむ」、、、、、というのでは、満足できない。

(この続きは ↓ の read more... を押してください)

だから最近手にいれたバイク(自転車)も、好きではないのに継続中の
ジムも全て、わが身にとっては、乗馬というスポーツの基盤固めである。

乗馬という競技は、知れば知るほど奥の深い競技、、、、いや~、もうゴ
ルフなんて目じゃない。

ゴルフは、自分が頑張ればナントかなる。

でも乗馬はそうはいかない。ペアとなる相手、つまり馬あってのスポー
ツであるから、自分だけが頑張っても勝てない。人間と馬とのペアの共
同成果のスポーツである。だからとてつもなく、奥が深い。

ゴルフは、当初、目標としてた所属クラブのチャンピオンシップで優勝し
て、豪国のクラブハウスの壁に唯一の日本人として名前を残す、、、こ
れを昔、目指していた。達成したのは、たぶんもう10年前になるかもし
れない。

今は、乗馬という、とてつもなく奥の深い「人間と動物との唯一のチーム
スポーツ」に完璧に魅了されている。

いや競技を目指しているだけではなく、馬という動物を個々に如何に理
解して、どうやって異なる馬とうまく協調しながら一緒の時間に目標とす
ることを成し遂げるかということが、魅力である。

これがうまくいかない日でも、どうやったら彼らとうまく協調できるか?
ということを見つけるために、英語であろうが、日本語であろうが、インス
トラクターと練習していないときは、書籍から映像まで、とにかく片っ端か
ら「学び」まくろうとしている。

それで楽しいのか?と疑問に思われる方もおられよう。

しかし、わが身にとっては、「自分に挑戦する」ことこそが楽しく、その途
中の苦しみやジレンマを乗り切って、次に、大きな成果を達成した時の感
動は、もう何ものにも変え難いのである。

馬と気持ちが通じ合えた、、、そう感謝し、感動するのである。

もともと後ろを振り返らない性格なので、失敗したら、反省して、改善点
をみつけたら、もうあとは振り返らない。克服できるまで、徹底する。
イメージトレーニングもとても重要であるし、論理的に理解することも非
常に重要で、助けられている。

だから近年、完璧にはまっている、、、というか今後は乗馬以外に、藤
井が興味をもつスポーツはありえないと確信している。

実は、わが身が、もともと乗馬に興味をもったのは20年前のこと。

初めて豪国の大地を踏んだのは、1994年10月1日である。
その時から、豪国で生活が落ち着いたら、乗馬を習おう!と決めてい
た。

ところが、当時は、乗馬をするためには自馬所有でなければ無理だっ
た。だいたい日本の大企業から、数年単位の予定で転勤してきた日
本人とその家族が、いきなり馬を購入して、、、など、考えに及ぶはず
もない。

あの頃は3年位だとうと考えていて、実際、元夫に丸の内の本社へ帰
国命令が出たのは5年であるから、投資で家を買うなどということも、
元夫の頭にはなく、当時のわが身としては、結婚して1年目で豪国へ
送られた二人故に、同じように自馬など、考えることもなかった。

それでも、なんとか最初の数回は、乗馬ツアーをしているところが「教
えてくれる」というので通った。しかし、所詮、毎日、1回限りの観光
客相手の乗馬ツアー会社であるから、当然、ちゃんと教えてくれるわ
けもなく、、というかそういう技術もない(と今ならわかる)ので、数回
でお金の無駄とわかりあきらめた。

で、次に凝り始めたのが、ゴルフ。

もともとゴルフしか興味のない元夫(当時HC7)が、彼のすぐれた社
交力と英語力で、地元クラブでもスグ有名になり、その後、10年以上
にわたりその後も家族つきあいすることとなる(これも家族ほぼ全員
がゴルファーという)オージー家族と知りあり、それがきっかけでゴル
フを通して、他にもどんどんと地元の友人が増えていった。

幸い、ゴルフは、とてもよい豪人のプロにつくことができた。

個人レッスンと徹底的な練習を繰り返し、ゼロから始めて2年たたず
にAグレードにまでなった。当然、周りの豪メンバーの態度はそれま
での上から目線ではなく、クラブ代表で勝てるプレイヤーへの尊敬目
線に代わり、、、シーズン中の各クラブ対抗戦では勿論、個人戦のみ
ならず、チーム選手にも選ばれ対戦していた。

何より自分としては誇りをもてたのが、北QLD州女子アマチュアゴル
フ協会が推薦したメンバーだけのクリニックに送ってもらったこと。

BMW杯でも北QLD代表選手に選ばれ、全国大会では元夫がキャ
ディーをするという、ちょっとプロみたいなこともさせてもらった。
(結果?勝ってたんだが、途中でビールを飲んだら、そこから下り坂。
周りの豪人からは「ビール飲んだからよ」と言われたが、実はスゴー
ク深いポットバンカーでの失敗で、スグ冷静に戻れなかった、、、つま
りメンタルな失敗である。BMW全国大会で勝って、世界大会なんて
ことは無理だよな~と思っていたので、まあ、しゃーないんじゃないの
?って感じだった。)

そのあと、上り調子の時はAグレードでクラ杯に勝つ!って力んでいた
時は、結局、よいところまで行っても果たせなかった。

で、今度は学業(MBA)が忙しくなったので、ゴルフどころではなくな
ったら、Bグレードだが、念願のクラブチャンピオンで優勝した。4日間
のプレーで、3日目(つまり2週目の土曜日)の朝、プレーの前に「で、
誰がリードしているの?」と一緒に回るメンバー3人に聞いたら、
「Mikaよ!」とキッと睨まれた、、、、という位、気合が入っていないほ
ど、学業が忙しく、まあ、お蔭でクラブハウスの壁に名前を永久に残
すことができたんだよな、、、、と感謝している。

ゴルフから遠ざかることになったのは、数年前、MBA後、10年ぶりに
また大学院へ戻ろう、、、とまた学業(MPA)を始めた後からだが、決
定的になったのは、日本の実家の不幸である。

あと1週間で終わる、、、テストだけ、、、というときに不幸がおこった。

しかも法律、、、一番ややこしい法律の集中講義だった科目だけに「く
やし~い!」。論文も提出していて、あとは1週間後の試験に集中して
勉強する、、、、予定だった。

ところがその集中講義の最後の日の朝、日本から電話があった。

教授は勿論、学部長も事情を勘案して、わが身の試験は延期してくれ
たが、結局、その後は、学業なんて続ける時間もなく、また立て続けに
起こった実母の事故→入院→退院→入院→退院→介護老人、、、とい
う流れの中で、それからは日本と豪国を頻繁にいったりきたり(例:日本
x4週間→豪国x3週間→日本3週間→豪国2週間、、、、、)が続いた。

結局、それ以降も、日本の仕事が肩にのしかかり、「学業」も「ゴルフ」
もそのままぶっ飛んでしまった。

それに、このままではわが身の精神状態も持たず、豪国でいつも留守
を待っていてくれるC&Mにもストレスがかかりすぎる。何とかしなけれ
ば、、、、と考えるようになった。

その後、何年も、そして今も、日本と豪国を行き来しなければならない
責任にある。業務上、さらに人道上、、、、これにより、日本でできる仕
事が当然、増えてきている。

また、実母が介護老人になっている為、彼女のこともあり、そして残さ
れた子供の責任として、また自分が後で後悔しない為にも、実母との
時間をできるだけ増やせるようにと心がけ、スケジュールも調整して1
年を計画している。

実母が元気になってきた頃、「ママ、あと何年生きたい?」と聞いた。
返事は「今の状態でいければ、あと10年位かな~」だった。「ふ~ん、
90何才か、まあ、いい頃合いよね」というのが母娘の会話だった。

すごい質問、、、と驚かれる諸氏もおられようが、実はそうではない。

事故のあと、それまで実母は「長生きしたくない」と言っていた。元気
になれば季節のよい時期だけ豪国へ呼び寄せる方がよいと考え提
案したが、却下された。

昔は、半分豪国、、、と楽しみにしていて、やっとそれが叶うかもしれ
ないというのにである。

だから「あと10年」と言われたとき、彼女が前向きな気持ちに変わっ
たことが嬉しく、それまでに実家での実母の日常を「とにかく快適に
する」ことに心がけてきた我が身としては、すごく嬉しかった。

と同時に、つまりあと10年は、今のように行ったり来たりが続き、ま
た頻度だけでなく、1回の滞在期間も、年齢とともに長くしざるを得な
い、、、それに万一、本人が自分で自分のことができなくなれば、あ
の家に一人で置いて置くわけにはいかなくなる。

我が身としては、豪国が本拠地。しかし豪国の規定下では、愛する
C&Mは一緒に海外へ出ることはできず、一旦、外へでると豪国へ
戻る時に3ヶ月も検疫にストップオーバーされる。

そんなことが彼らの年齢的にも耐えられるわけもなく、親として「老
いていく家族」を豪国(=C&M)に、子としては日本(=実母)にと、
両方の「老いる命」をたった一つの肩にどっしりと乗せながら、愛す
る者たちの幸せを考え、そして最善の対応で望む事が、あとで一生、
後悔せずにすむ選択方法なのである。

ということで、自分一人の目的である事、、、つまり、学業(=大学
院)などには、なかなか戻れないのである。(でも、あきらめてはい
ない。豪国のシステムではいつでも戻れるからである。)

今年、わが身を襲った「宇宙上で一番大切な命」を失ってからは、
時間的な問題だけでなく、精神的にも、社会人大学院生へ戻り、
仕事と学業を両立できる状態にはまだまだ戻りそうにない。

そんな状況でも、日本と豪国を行き来しながら肩にかかっている
任務はまっとうせねばならない。亡くした命の発病は昨年の10月
からであるから、過去1年ほどは、精神的にきつかった。(12月に
は留守宅の豪宅が泥棒に入られた)

それを救ってくれたのが、たぶん乗馬である。

乗馬があったから、どん底の精神状態から引きあがりつつある頃、
更なる助けをしてくれたと思っている。

勿論、乗馬は、その前から初めていた。

数年前の11月後半、東京のフォーラムを終えて、北海道へ行った。
「日本の最北端」へ行くぞ!と決めていた。たぶん、これを逃すと今
後、行くことはないと思ったからである。

ちょうど旅先のホテルで、朝ヤナセのクラブメールを開いたら「乗馬
体験」の案内があり、オンラインで応募したら、スグ携帯へ電話が
かかってきた。

そんな訳で、12月初旬、宝塚へ戻り、そのあとなんとなく軽い気持
ちで参加した乗馬体験で、、、「あ~、やっぱり馬はいいな」と20年
前の気持ちが溢れるようによみがえってきたのである。

それ以降、オンとオフを繰り返しながら、それでも、冒頭で説明した
とおりの性格なもので、期間を設定して「合宿形式」で徹底して、乗
馬の基礎から、実地と理論を身につけ、クラブのスタッフの間では
藤井は「隠れて厩舎で寝ているに違いない」と言われるほど、遅番
のスタッフが翌朝来たら、藤井がまた来ているというほど、徹底して
いった。

幸い、日本の所属クラブには、日本でも有名な高齢の選手兼トレー
ナの方がおられる。80歳をすぎるというのに、毎日、新馬調教をさ
れている。

その方のお顔を拝見するたびに、わが身から声をおかけしていろ
いろとアドバイスを伺ったり、質問をしている。

「乗ると決めたときは、朝から晩まで合宿形式で騎乗し、そうでな
いときは理論とビジュアルでイメージトレーニングしてますが、朝
から晩まで乗るのはダメでしょうか?」と聞いたことがある。

「いえいえ、乗馬は、年数ではなく、鞍数だけが経験です。千鞍乗
って下さい。」と言われた。1000鞍までは、まだまだだが、、、、
「そうだよな年数じゃないよな」とわが身のやり方に今更、納得した。

ゴルフのときもそうだったが、「ある程度まで極める」為には、やは
り練習である。

しかも、コツコツと、理論もしかり、イメージトレーニングもしかり、そ
して鏡の前でのポーズや姿勢の確認、、、という日々の練習が重
要である。

乗馬の「理論」を習得するのには、途中から「英語中心」に切り替
えた。

というのは、もともと乗馬は欧米から日本へやってきたスポーツで、
書かれている本も英語からの翻訳が多い。

どの本もそうなのだが、翻訳を読んでいると、どうしても原本を読
みたくなる。

特に乗馬の論理は、日本語で書かれているのがよくわからないの
で、同じ本を原本の英語で取り寄せ、かつDVDの映像もあったの
で、それを毎日、毎日、パブロフの条件反射になるほど、流し続け
ている。

お蔭で、最近は、豪国と日本の両方で、乗馬を「学び」そして「楽し
む」環境を整えつつある。

「宇宙上で最愛の命」を失ったとき、彼ら馬たちとの時間は、何も
のにも代えがたく、厩舎から出してきて、鞍をつけて、という準備
から、戻ってきて、鞍や頭絡をはずして楽にしてあげたあと、ヒズ
メの世話、排出物の洗い流し、ブラッシングから厩舎へ戻るまで、
、、その全てを楽しんでいる。

何より、その天上へと旅だったその「最愛の命」が、乗馬をするこ
とで動物とのコミュニケーションについて学ぶ機会を与えてくれ、
今は、その力を伸ばすことを応援してくれている。

この方法は、乗馬前に初めて乗る子(馬)や、緊張している子に
効き目がある。熟練した馬で、乗り手の力を疑っているタイプに
も、準備段階で、イメージを送信するようにしている。

日本で、担当してくれているチーフ・インストラクターにもそれを
話すと、彼も競技会などの前に試したそうである。藤井さんの言
った通りですね、、、と彼も同意していたから、乗馬は、決して、
力関係だけではないと信じている。

たぶん、このコミュニケーション力がもっと形になってくると、藤井
と馬たちとのコミュニケーションももっとスムーズになり、「どんな
子(馬)でも、乗りこなせるような乗り手になる」という目標が、近
ずいてくるのだと思っている。

そして、それができるような実力とコミュニケーション力が身につ
くころには、いつも傍で応援してくれている「最愛の命」との関係
ももっとよくなると思っている。

何より、彼がわが身が乗馬をしている姿を見るのが好きだといっ
てくれているので、うれしい限りである。

乗馬は、ヒーリングにも使われている動物である。

藤井が乗馬にはまっているのは、無意識のうちにヒーリングして
もらっているという意味も大きいと思うが、今はあの馬場競技で
の技術を習得したい!とずーと上を狙っている。

日本では3級試験を控えている。経路は頭に入っているので、豪
国での練習には、来週か再来週あたりから、3級のコースを練習
させてもらうつもりだ。

同時に、スグ「乗馬学校」の試験をうける。日本では、その試験に
パスしないと競技会への参加資格をもらえない、、、、ということら
しい。

豪国にはそんな規定はない。

当然、自馬だから、という理由が一番だろうが、よほど大きな大
会でない限り、誰でも挑戦してOK!ということだそうである。オ
ージーらしい。

先週、初めて乗せてもらったSweatpeaが、そのまま、たぶん3
級の経路練習で来週からおつきあいしてもらうことになりそうだ
が、屋根付きのアリーナがとてつもなく広く、しかもラチも何もな
いだだっ広いアリーナである。

最初はフラフラする子(馬)だからと言われた通り、彼女はフラフ
ラ、、、初めての馬でこちらもフラフラ、、、あまりまっすぐじゃなか
ったなあ~。

重たい馬を動かすときの脚についても、日本では習わないこと
を要求され、今、その違う脚の方法を身につけようとしている。
日本では拍車を使うが、こちらでは使わない、、、個人的には拍
車は嫌いだし、日本で拍車ずれしている馬をみるとかわいそうで
仕方がない。

だから日本ではダメと言われるかもしれないが、日本の外では、
本来、それが馬にやさしい脚だと思うので、今、イメージトレー
ニングしている。

それ以外にも、豪国では、いわゆる日本でいう「外乗」というの
が、比較的に簡単に実現する。実は、今日も2週間前に知り合
いになったSteveの馬Alliにちょっとだけ外馬させてもらった。

などなど、日本と豪国(=つまりイギリス発祥)では、同じ乗馬で
も異なる点があり、今、自馬を検討している段階だが、日本では
させてもらえないことも当然、自分でせねばならず、学びがたくさ
んある。

たとえば、馬を移動させるとき、こちらは皆、オーナーが自分でフ
ロートを車の後ろにつけて、自分で移動させる。日本ではクラブ
が大型トレーラーで移動させる。

自馬のパドックとして狙っているのが、我が家からすぐの場所。

何度も自転車で馬に会いにいくうちに、その膨大な敷地のすべ
てが、ナント、昔から顔見知りの他ゴルフクラブの女性とご主人
が持ち主とわかり、見かけたときに声をかけにいって、その時は
スペースあるかな?と聞いたら、ご主人が君ならいつでもどうぞ
!と言ってくれた。(でも、本当は結構、順番待ちが多いらしい、、)

自馬をもつと、毎回が外乗になる。
しかも一人での外乗であるから、馬をちゃんとコントロールする
必要がある。

これも数週間前に知り合いになった、そのパドックのAliという馬
とそのオーナーであるSteve(と家族ごと)知り合いになり、いろ
いろと教えてもらっている。

彼の走るコースは、ナンと我が家の近く、、、大きな公園や敷地
が多いし、車から遮断されているので、こんな近くに素晴らしい
環境があったなんて、これも天上の「最愛の命」が応援してくれ
ているとしか思えないのである。

日本で乗馬をされている方には、興味があると思うので、また紹
介してきたい。

PS:馬具については、豪国の方が多く、日本のクラブも豪国に別
   会社をつくり、仕入ている。毎回、持ち帰るたびに、指導員た
   ちが興味を示してくれる。
   何より、日本より安い!そして種類が多い!これもいずれ書
   いて行こうと思う。

2014/08/08(金) | 乗馬!オーストラリア&日本 | トラックバック(-) | コメント(-)

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