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「英語術」銅メダルの高橋大輔

土曜日の朝、新聞を読む前にTVをつけた。オリンピックのフィギュアスケートが終わったらしく、オーストラリアのTVリポーターが、メダルを取った選手にインタビューしていた。ロシアのプルシェンコ、アメリカのライサチェク、そしてもう一人、英語を母国語としない欧州の選手の3人がインタビューされ、二人は母国語でない英語で「オーストラリアは大好きな国。必ず行くかれね!」なんて、オーストラリアへのメッセージを混ぜながら、とてもフランクにしゃべっていた。

「寒い欧州の人間はオーストラリアが好きだからな~」なんて思っていたら、次に表彰台の画面がでた。
えっ?3位に日本の高橋大輔?が銅メダル?何故、インタビューされなかったの?

(この続きは ↓ の read more... を押してください)

残念なのは、高橋大輔が英語でインタビューに答えられなかったことである。

欧米豪の社会には「沈黙の美徳」などない。

言葉や文化の異なる人間が集まる「世界」では、「暗黙の了解」などあり得ない訳がないのだから、世界の共通語での「英語」での意思表現は、どんな職業でも、今や世界舞台での必要最小限の条件である。

確かに岡山出身で、関西大学在の23歳の高橋大輔は、この長引く不況で、就職難に不安を募らせる日本の学生たちに「頑張る」勇気を与えた。目標に向かって頑張ることの大切さを示した。失敗するかもしれないという不安を乗り越えて、それでも、オリンピックの本番で、4回転ジャンプに挑戦する勇気を示した。そして、失敗したあとも見事な演技の巻き返しで、オリンピックで銅メダルを獲得した。

もし、高橋大輔が英語でのインタビューに答えられていたら、オーストラリア人は彼に感動したと思う。

欧米の選手で独占されていたフィギュアスケートの世界で、高橋大輔が日本人で初めてのメダルをつかんだだけでなく、表現力では、彼は世界でNo1の点数を獲得し、観客を魅了した。

2008年2月に世界歴代最高得点264.41点をマーク、五輪のメダル候補に躍り出たあと、右ひざの前十字靭帯断裂で手術し、公式戦に復帰したのはオリンピックのたった4ヶ月前の2009年10月。4回転ジャンプの感覚がやっとわかったの
は、本番ギリギリ前だったという。

しかも、致命的な怪我だけでなく、ロシアのモロゾフコーチは同じ関西大学に通うライバルの織田信成にさっさと鞍替えされるなど、長く、単純なリハビリだけでなく、精神的な苦痛が多かったと思う。

織田信長の末裔で、酒気帯び運転で出場停止処分になったり、本番で4回転ジャンプを跳ぶ勇気がなくあきらめた織田信成とは違った。確かに、本番で靴ひもが切れるなど信じがたいアクシデントに見舞われた織田だか、私は、高橋と織田の間に、温室育ちの人間と、どん底から這い上がってきた人間との「精神的な強さ」の違いを感じた。

人間は、ハードルが高ければ、高いほど、その人間の資質をあらわにする。
諦めて挫折するか、失敗しても、それを肥やしにして、次に成長するか?この違いが、その人間をどんどんと成長させ、精神的に強くし、人間としての深みを育てる。

藤井自身も10年前にMBAを始めたころは、入学してスグに劣等感と挫折感を味わった。一時は、自分にはやはりハードルが高すぎて無理かと思ったが、思い直して、あきらめなかった。そして、1年でクラスでNo1の成績をとれる科目もでてきた。
卒業した時には、個人面接で「優秀だね?MBA名誉学位に招待しよう」と学部長に上の学位へ招待された。

あの時、あの悔しさを乗り越えて、1日16時間という勉強を続けたあの1年があったからこそ、1年目で信じられないように成長した。最初は、休み時間になるのが嫌だった。英語で話す相手がいなかったからである。「沈黙は無知」だから、自分から前へでない限り、アカデミックな世界ではすぐ置いてきぼりになる。

MBAでは、論文力、分析力、プレゼンテーション力、討論力など全部を必要とされたので、おかげで欧米豪で、日本語でも英語でも張りあう「実力」が付いた。

正解でなければ発言してはいけない日本の教育ではなく、自分の意見を述べることが重要で、そこからその意見を論理的に証明する、または皆で検証していくことが大切で、たとえ、あとで自分の意見が間違っていても、それはプロセスであり、最終的な結果が出せれば、誰もが認める欧米豪的な考え方は、欧米豪の社会で、そして大学院(MBA)であったからこそ身についた。日本の環境で、MBAを勉強していたら、今の自分の姿はなかったと確信する。

これから「海外で働きたい」という日本の方々、まず高橋大輔のように、強い「意思」を持って海外へ出る目的を探してほしい。「挫折」はつきものである。そして、どんな職業であれ「英語」でちゃんと意思表示できる人間になってほしい。

但し、その為には、まず日本語で自分の「考え」や「意思」を明確に表現できることが必要である。自分の考えや意思の主張ができない人間は、何十年、英語勉強しても、英語は上達しない。なぜなら、英語は「目的」ではなく、「手段」であるからだ。

あの高橋大輔なら、もし彼が英語でのインタビューに答えられていたら、しっかりとした自分の「意思」や「考え」を説明できただろから、世界の日本へのイメージはもっと変わったと思うと残念でならない。

これからの日本の若者たちを「国際人」に育てるには、まず「英語」でも「日本語」でも意思表現が明確にできる人間にできる教育の場が必要である。「英語」は今や特殊な能力ではない。世界舞台では、必要最低限な「条件」である。

それに気付き、自分で努力した人間だけが、世界のどこでも生きていける強さを身につけることができる。

日本の若者諸君、「待ち」の姿勢ではなく、「攻め」の姿勢で英語力を身につけてほしい。

2010/02/21(日) | 「英語術」国際人の英語とは | トラックバック(0) | コメント(-)

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