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「開かれたメディア」オーストラリアvs日本

今週は、来期(2011年7月~2012年6月)の予算案の発表が国会発表
された。

皆さんは「え?それが何?」と思うかもしれないが、政治家は一体誰のた
めに政治をやっているのか?直接選挙かそうでないか?開かれた情報か
どうかを日本と比べるとその違いが一目瞭然であるのが面白い。

数日前からは、新聞(英語)ではその内容が予想され、予算発表の国会中継
は(国民が仕事を終えて中継を見れる)夜7時から「生放送」で全国中継さ
れた。(日本の国会「生」中継は昼間だから、広く、多くの国民に本当に
見せたいとは考えてないし、型通りのやり取りで面白くない。)

翌日の新聞は、オーストラリア全土の新聞のトップはその記事で、TVでも
新聞でも、一般人や専門家が、その内容に対してのコメントやインタビュ
ーで、与党の予算案に対する論議をかもした。

国民の関心、政治家の論争、、、日本のように国民の為にといいながら、実
は権力争いの為に、やたらめったら、離党して、新党を作り、野党を増やし
て、結局は時間を浪費し、税金を無駄使いし、本来の目的である「国民」は
忘れさられている日本と比較すると面白い。

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勿論、これは「直接選挙」かそうでないかが、根本的に「政治家」の意識、そして
「国民」そのもののの意識を決定的に影響しているからだと思う。

2~3月と日本にいた。

東北地震がおこり、原子力発電所が爆発し、日本国民は、そしてメディアは初め
て真剣に政府や政治家たちに「瞬発力のある正しい情報」の提供を求めた。

東京電力の会見で、毎回、的を得ない、訳のわからない不明確な情報を提供す
る東京電力側に、日本のメディア陣が「生放送」の記者会見で「信を問う」そして
詰め寄る「声」を聞き、日本のメディアもやっと「真を尽き詰める」ことができる(=
許される)ようになったと感じ、TVのこちら側で、藤井はエールを送っていた。

日本のメディアは、昔から永田町から「xxは(国民に)発表してもらっては困る」と
メディアに圧力をかけ、その代わりにxxはよいなどというコントロールで、国民へ
の情報はコントロールされてきた。、、、という話を4月に日本から戻った時、藤井
が担当するオーストラリアのSBS全国放送ラジオの日本語番組のディテクターと
話したことがある。

ちょうど、その日は藤井の出番で、北QLD州からのニュースだったが、QLD州も
今年前半にブリスベンの洪水やサイクロンYASHIの大自然災害で、政府の対応
や国民の瞬発力のある対応で、(災害の規模が異なるとは言え、)日々、もの凄
いスピードで回復への道を進めていたのに対して、東北大震災から6週間以上
たったその日(4月初旬)でも、しかも東北はまだまだ冬の季節が続いていると
いうのに、日本政府のあまりにも遅い対応、「なぜ、そんなに遅いのか」という
会話から、その日の藤井のレポートは「大震災での日本政府の対応の遅さ」に
トピックが変わった。(それは震災から3ヶ月たった今でも多くの人が避難所
で暮らし、食事が偏り、健康障害を起こし、助かった命が「避難所死」となっ
てきている現状をみてもわかる。)

日本人は、国民全体のレベルとしては非常に頭がよい。それは間違いない。

故に、今回の原子力発電力の危機的いや国家的危機も、いずれはこれが教訓
となり、次なる更なる時代へ適する対応や開発ができる頭のよい、そして能力
のある国民である。

藤井はそう信じているし、回りのオージーや多民族の友人にもいつもそう返し
ている。(会うごとに、日本の大災害の話題になる。頭は未来へ回転させなけ
れば、会話は面白くない。)

しかし、しかしである。日本人には「瞬発力が掛けている。

今のように世の中が瞬時に事が動かなければ取り残される時代にこの「瞬発力」
は「能力」不足であり、そのマイナスにより「タイミング」を逃し世界的「メリット」を
逃す可能性が大である。

今回の災害で見せた日本国民の「理性」と「忍耐力」には世界中が称賛している
し、これは「日本の美徳」である。しかし、国際競争となった場合に「瞬発力」がなけ
れば、これからの復興の過程で、どんどんと美味しい部分を他の「瞬発力」のあ
る国々の頭脳にもっていかれる。

例えば、中国や韓国。同じアジア人でも、もともと中国政府を信用していない中
国人は自分の「血(=親戚、子供)」と「現金(=クレジットカードは中国政府に管
轄される銀行を経由するから信用しない)」しか信用しないから、危機感に対して
は自己防衛力は200%で、そのためには極端な場合、他人を顧みない。

これは政府も国民も「自己防衛力」のDNAが強いので、同じである。

韓国は、国家破たんからIMFの介入により立ち直った経験から、「能力」を高める
ことへの努力は国家レベルで、英語教育や海外移住への親たちの並々ならない
努力は勿論、近年の韓国企業のM&Aなどによる成長はお見事である。

それに引き換え、日本は今まで「皆が苦しいから」「今頑張れば、いつかは明か
りが見える」「それでも私たちはまだ大丈夫」という安心感か、日本政府への甘い
(そして長い、長い、年月をかけての)期待感と安心感からか、今まで日本国民は、
あまりにも暗たんとしてきたと思う。

そして、国の将来は、なぜか自分たちとは切り離して、政治家がするものと思い、
不安に思いながらも、政治不信はありながらも、特に行動を起こすこともなく、
国民の政治離れは続き、国家の安全すら(現状の憲法下では)誰に守られて
いるのかそして、そんなことに危機感もなく、なんとなく世界は回ると思って毎日
を過ごしてきたのが、今の日本人ではないか?と思う。

藤井に言わせれば、まさに「農耕民族」的な考え方で、領主や幕府がすることに
従うという古今も変わらない一般庶民に問題がある。

国民の意見が、そして国民が政治への言及力のある直接選挙である国々から
見れば、非常に不可思議である。

この獲物を自分がとらえないと家族を食べさえていけない「狩猟民族」の欧米人
と、皆で黙って、協力して田畑を耕してきて、配分を得て生活をしてきた「農耕民
族」の日本人とは、まずこの「競争」「瞬発力」が違うと認識する。

つまり【自力】で「生き抜く力」が日本人のDNAの中には乏しいのである。

歴史的に「団体」で生きることへの「美徳」を国が、国民が重視するが故に、下々
のもの(=一般市民)はお上(=政府)に従えばよいという考え方がDNAの中に
組み込まれてしまっている。

これが現代では、時代遅れで日本が「瞬発力」のない原因の一つだと考える。

日本のメディアも、銀行も、国民も、日本人は昔から「お上」つまり政府の言うこ
とを右に習えで従ってきた。これは戦後の「高度成長期」や「外的から保守」する
マスメディア的国家対策としては、かつてこの手法は大効力を発揮したであろう。

だが、もやは時代にそぐわない「手法」「思想」「対応力」である。

今回の東北原発事故からもわかるように、とにかく「瞬発力」に掛ける民族の
代表である政府の役人どもをみていると、やはりもともと彼らのDNAにはそれ
がかけているのだから、これが問題である。

大多数の日本国民にも「瞬発力」はかけているが、これもやはりDNAにそれが
かけているのだから仕方がない。

それでは、どうするか?

藤井の自論は、今の政府の役人どもをまず半分に減らし、特に60歳以上で
頭の堅い、前世期の遺物である世襲議員のクビを切り、海外での学識と経験
をつんだ新しい考え方のできる30~40代をどんどんと投入して、日本の永田
町に改革を起こすことを怖がらない政治家が出てくることを期待する。
(問題はそういう人材が今の日本に残在するか?ではあるが、、、)

確かに中部電力への原子力発電停止の依頼や、中部電力の判断も、今回は
珍しく早かった。色々と、問題があるにせよ、この判断と対応は早かった。

しかし、どうせ日本はあと20年ほどはぐずぐずしながら進むだろう。全て
がスグに「瞬発力」よく対応できるように改革されたらすごいことである。

バブルがはじけて20年たって、何も改善されていないのに、あと10年で政
治が変わる訳はないから、(原発の問題以外は)徐々にというスピードで進む
だろう。

どうせダメなら、いっそのこと、年寄りより若いエネルギーと脳味噌で、どん底
から這いあがれるくらいの力と、「瞬発力」がない故に過去の歴史にがんじが
らめにしようとするマミー(ミイラ)の政治家たちに立ち向かえる若いエネルギ
ーで、ダメなりに、頭をゴツン、ゴツン、と打ちながらも、起き上がり拳になれ
る人材の登場が必要である。

それは従来の日本的「農耕民族」的な人材だけではダメである。

賢い日本人、可能性のある日本人を、この暗たんとした時代から「再生」させる
為には、強い「狩猟民族」的な【自力】で「生き抜く力」の若いDNAのメリットをう
まく活用して、取り交ぜる必要がある。

オーストラリアの国会に21歳の国会議員がいた。予算会議での野党の質問で
「僕は今年で21歳。政府がきめた予算案が計画通りに実施されたことはない」
と与党に詰め寄った。

彼のバックグラウンドはわからないが、オーストラリアは10代から独立して、
働きながら、大学へ行くという制度(=奨学金制度は、日本のように一部の優秀
な学生だけでなく、広く、国民にチャンスがある)も整っているゆえに、年齢
は21歳でも、【自力】で人生を生きているのは間違いない。

21歳の議員にどのくらいの能力があるかどうかは別としても、地方選挙で選
ばれて、キャンベラで政治家で存在しているのだから、生活が親がかりで、親
元に生活する一般の大学生でないことは、簡単に想像できる。

古今東西から、すばらしいアイデアは、さまざまな価値観の違う、脳味噌や経
験が混ざり合い、ぶつかり合い、そこから新しい解決策が生まれている。

こちらのメディアは面白い。政治家にズバズバと問題点を投げつける。
インタビューにしろ、討論にしろ、面白い。

特に政治家を呼んで、民間レベルがフォーラム形式で行う討論は面白い。世界
各国の移民から成り立つこのオーストラリアの国の縮図がそこにあり、さまざ
まな価値観と考え方が交差し、それがTVに視聴者に、政治家たちに問題点を
定義する。

「開かれたメディア」は、つまり「国民の力」の象徴である。

日本にいると、日本の情報が全て日本語で加工されていて、英字新聞ですらジャ
パンタイムズなど、米国よりの情報しか広く頒布されておらず、TVでは海外の生
の情報は得られない。有料TVですら限られた情報だ。

英語圏であり、移民の国であるオーストラリアにいると、朝から晩まで、普通の
TVのチャンネルで世界各国の英語圏の番組、つまり、米国、英国は勿論、各国
のニュース番組が1日中、英語の字幕スーパー付きで「無料」でTV配信されて
いる。

故に日本にいるとイライラする。全て、情報が日本語に加工されていることに
「信憑性」への疑問が浮かぶ。「生」で英語で各国のニュースが聞けないことに
イライラする。

日本が「開かれたメディア」になる為には、国民が「世界観」と「瞬発力」を備え
たDNAを増やす必要がある。

そうでなければ、企業も賢い人材もますます海外へ流出することになる。

PS: 野党が「具体案」を出さないのは世界各国、同じであり、オーストラリアも
  同じ。オポジションリーダーのTonyの論戦にはいつも「なぜ彼がリーダーな
  のか?」と思う。しかし、政府の案へ疑問を投げかけ、国民や業界人たちに
  論戦を醸し出し、また国民に「考える」機会を作っているという点では日本の
  ように野党が野党のための政治をしている政治家より「国民の利」となって
  いることと評価したい。

2011/05/12(木) | 海外視点「豪州から日本へ」 | トラックバック(-) | コメント(-)

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